いつか時計台で
月の夜に泣いていた。葉桜が音をたてた。水面が揺れていた。
悲しいわけじゃなかった。人間であることを忘れてしまった。脳細胞の劣化による、ただの健忘だった。氷がグラスのなかで静かに鳴った。
いつか時計台の下でと君は言う。僕が時計台についての短い詩をノートに残していたのを、いつか見つけたのだろう。そしてあれはまだ夏が始まるまえ、みなとみらいの埋立地のことで、街路樹も空虚に並列していた、静かな大通りで。
この世界で生きながらえる小さな感情のためだけに僕は祈り続ける。漏斗状に凹んだ胸板に手をあて、膝をつき頭を垂れ、最後に目をつむる。でも音のない瞑想は時間の限界を言語によって論破する。そしてまるで意味をなさないようなーー草や木や車の排ガスまでがー化学言語となって僕の前に立ちはだかる。
でもまだ、あきらめきれない。もう一度深い祈りを。ねえ、届いているだろうか?