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Don't hesitate to hesitate.

ただの記録

この世界の片隅に

1年前はO市にいた。事件のおこる少し前だ。それを思うと僕はまた用心しなければいけないなと感じる。昨日のミスもいただけないものだった。

 

昨年度は引越しが多かった。神奈川には5ヶ月、神戸3ヶ月、芦屋3ヶ月そして京都。京都市内は大変住み心地が悪い。観光客にともない交通機関は混雑し、お店はどこもおみやげ物屋で、スーパーもレンタルビデオ屋も少ない。それでも今が一番安定している。人生は不思議だ。涙が出そうになる。

 

よく子供と話していた。中学生と話すのは面白い。だんだんそう感じるようになっていた。使命を持たないところがいい。なにより屈託の無い笑い方をする。

特にあの校舎には2年いたから、そのぶん思い入れがあったのかもしれない。100人を前に演説をしたこともある。彼らが僕や僕が関わっている社会と無縁に人生を送ることを望む。それだけだ。

 

事件があり、退職を決意し、就業後上司2人と2時間缶詰で話し、結局やめた。ごだごだもあったが、思い出したくないことである。A市に変わり、新しい上司と組んで、新しい生徒と仲良くなって電話もしまくってクソみたいにいい数字を出した。信頼も作れていた。やめると決めたあとにこうなる。人生は不思議だ。

3月4月に遊びに行った記憶はほとんどない。休みの日もよく働いていた。どうでもいいんだけど、KさんとSさんってなんか似てる。事務と人形。まあ働いて働いて、数字も出して、そんで辞めたのだ。すっきりだ。いろいろ言われたけど、最後数字に関して文句は言わせない。ボーナスにも何にもつながらない。ただの意地だ。

A市にいた2ヶ月は悪いのもではなかった。一度親が遊びにきたっけ。酒を飲んだ覚えがある。

 

 

長野へ戻る。何もしない日々が続く。いや、僕は転職のためエントリーシートを書いていたんだ。仕事で身につくものなんてありはしない。そんなことわかっているけど、でっちあげて前職のがんばりを記し、アピールを書いた。それはのちのちの面接につながっていくわけだが、陰鬱になりながらも、日々僕は飯を食って生きた。あと六本木のバーで8万ぼったくられたりもした。あの女許せん。

 

神奈川には5月いっぱいいたから、確か2社ほど面接にいったのだった。池袋と渋谷にいったのだ。池袋と渋谷だぜw 1つは内定をもらった。ネット広告の会社だった。でも辞退した。2回前の会社のひとと飲みにいった。もうしゃべりたくなかったし、語ることなんて何も無かった。でも感謝をし、ひたすらすんませんといった。最低の人間。

 

神戸へ。シェアハウス。仮に僕が80歳まで生きたとして、神戸に住んでいたことを思い出すことがあるのだろうか。3ヶ月の間にバイトを探し、授業をやりながら(といってもほとんどしてなかった)、パチンコを打ち(よくいった)、公務員試験の勉強をした。出口調査なんかもやったっけ。バイトの面接は1、2、3・・・4。そういや京都にも行ったっけ。派遣で授業に入り、神戸、芦屋、宝塚、河内長野和泉砂川とかに行った。果てしなく遠い記憶だ。交換可能な機械であること。状況によって人はまったくもって目立たない没個性的な存在になる。そのなかでたくましく生き抜くこと。一度権威を得た人間に僕は関心が無い。ある状況下において、人間は本当にどうなってしまうかわからない。そこには本物の自由と実存と混乱がある。僕が興味あるのはそれだ。

 

一度愛知でビールを飲んだこともある。金沢で「さようなら」を見たこともある。比叡山にも行ったし、37歳の女性をカラオケ屋で押し倒したこともある。何をしても物足りなく感じていた。

 

差し押さえ事件があり、芦屋へ。その間S市の試験を受け、最終まで行ったけど補欠だった。最終試験の翌日、別の試験があって、僕はまったくやる気が無かった。試験場は山の上で、駅からのバスは混んでいるし、集合時間30分前にして歩いていくことを決意した。間に合わなければそれはそれでかまわない。結果的にその試験に受かったことをきっかけに、2社ほど受け、1つにとった。自慢じゃないが狭き門だ。そんなとこふつうとおるか?と自分でも思った。

 

大和郡山にも受けたりした。あれは雨の日。その後奈良公園にいったんじゃなかったっけ。物語は錯綜する。

 

やる気が無かった9月、ハロワにいき、仕事を紹介してもらって、すぐ決まった。就職と同時に次の内定先が決まって、心苦しい思いもした。そのころからよく走り、映画も見た。筋トレもした。部屋が広いというのはすばらしいことなのだ。何度か山にも登った。よく姉姪と飯を食べに行った。有馬温泉まで歩いたりもした。

 

ここで書いていないこともある。この世界に片隅にあって、物語になることも語られることもないだろう僕の人生。すべては流れ去り忘却されるだろうし、また僕も忘却の第一人者になったりもする。

 

 

すみは・・・すみは、右腕とともに義姉の娘が消えてしまい、そしてそれらは全体ではなく一部であり象徴でありながら、本物として夢を見せる力を持っていて、であるがゆえに、戦争という夢にすがってしまいたくもなり、玉音放送で怒り狂う。

 

しかし、夢を見せる力をもった小さきもの、はかなく脆弱であるもの、僕はそれらに犯され狂い続ける。生きる力を得るのだ。